原発いらない「たまウォーク」 

2013年5月2日 03時52分 | カテゴリー: 活動報告

 4月13日土曜日に、恒例としている【原発いらない「たまウォーク」】のデモに参加した。国立の大学通りは、遅咲きのしだれ桜・新緑の木々が何とも美しい環境。その街中を50人余りで練り歩いた。

 徐々に参加人数が減少してきたことは、日常から原発事故の危機を忘れ、いや、見ないふり・忘れたふりをしていることが伺える。

 しかし、今尚、放射能汚染水は垂れ流され、地下へ浸透し、高濃度ストロンチウムの拡散が確認されている。着実に汚染が広がっているのだ。地震がくるたびに「原発に問題なし」という報道も異常なことだ。それだけ紙一重の状況であることを忘れてはいけない。

 現実・事実を確認していくために「ウォーク」していることを実感した。大きな声で沿道から見ている人たちに「心のうちに秘めている思いや不安の声を一緒に出してみませんかー!無視することや無関心が事故を引き起こしたんでーす。現状を知り、おかしなことを一緒に声を出し、皆で力を合わせて、子ども達が笑顔で暮らせるようにしましょうー!!」と手を振りながら笑顔で呼びかけた。参加したい人はたくさんいると感触をつかむ。

 しかし、まだまだ「デモ」に参加することは異色ではずかしく、反体制と考えている人はたくさんいる。異色な人と見られるのがいやなのだろうか・・・・?人と異なる意見を言ったり、空気を読めないと言われても自分の考えをしっかり言える社会にしないと、この国は、ずーっとへんてこりんな政治やご都合主義の国のままだ。

 参加することが民主主義をほんもののにし、社会を成熟させるとこれまで学んできた。オランダやフィンランドの教育とは大きく異なる日本では、個人の主義・主張を語り、違いを認めていくことは難しい環境かもしれないが、あきらめて、何もしなければ前にすすむどころか「後退」だ。声にだし伝えていく、そのために授かった私の「地声」の大きさであると再認識し、自分にできることは最大限やろうと原発事故後に決心!ウォークを続けている。

 ウォーク終了後、双葉町から避難して加須市の高校での避難生活の実録映画を見た。放射能の被害は人の生活や人生をめちゃくちゃにしていることを忘れてはいけない。