2012年3月11日 福島県民大会

2012年3月26日 11時01分 | カテゴリー: 活動報告

原発事故を直視し、福島県民の救済と原発の稼働停止に向き合おう

 3月11日午後2時46分
 福島県郡山市にて行われた福島県民大会にて黙祷を捧げました。
 遠くから聞こえるお寺の鐘とサイレンの音に1年を振り返ると共に目に見える復興の前進と原発事故による放射能が封じ込められるよう祈りました。

 バスをチャーターし、国立から郡山へ。
 放射能測定機で計測していくと、阿武隈あたりから数値が0,5マイクロシーベルトと一気に上がり始め、郡山では、0,9マイクロシーベルトに。さらに、会場の球場の入り口の植え込みは1、9マイクロシーベルトの数値から、放射能の影響が、普通にあることを確認しました。
 球場の会場は、除染をしてある内野席は、2マイクロシーベルトほど。外野席は、芝になっており、線量が高く立ち入り禁止となっていました。

 大会には、加藤登紀子さん、大江健三郎さんもかけつけ、原発の廃止へ向けた歌やメッセージを行いました。
 福島の農業者からの発言は、安全なものと理解してもらえるよう学校給食(福島)で使用し、みなさんへ届けたいという主旨でした。
 このことは、私には、衝撃でした。
 どう考えても、これだけ空間の放射線量が高い中で、収穫された作物への影響がないわけはなく、子どもたちへは、極力放射能の影響のないものを使用しなければいけないことは、過去のチェルノブイリの悲劇からもわかっていることです。
 福島の風評被害を払拭するために学校給食を持ち出すことは、違うと私は考えます。大人たちが、普通の暮らしや経済を求める中で、子どもへの影響を置き去りにされてしまう危惧を抱きました。

 大会後、球場からデモ行進でまちを歩きましたが、「除染済み」の公園で遊ぶ子どもはいず、土曜日の日中にも関わらず、行きかう地元の人はまばら。勿論、子どもの姿など見ることがありませんでした。建物の倒壊がひどいわけでもないのに、見えない放射能に対し、外出をしないことを選択しているのだと思いました。
 子ども達や若者を守るには、どうしたらよいのか・・ 重い気持ちになりました。

 会場出口では、計画的避難区域で今尚、牛たちと暮らしている酪農家が悲痛な声で現状を訴えていました。殺処分をしろと命じられている牛を殺せるわけないと。
 毎日を途方にくれながら生活している・・・・
 仲間が自殺していった・・・ 何もわるいことをしていないのに、生活やその人の生き方を全て否定しなければならない原発事故は、これからどれほどの人たちを追い込んでいくのか・・・ 泣きながら、かなきり声をあげる酪農家にかける言葉はありませんでした。

 お金を払っても、元の暮らしには戻して上げられない原発事故の悲惨さを私たちは、直視し、救済と原発の稼動停止に向き合わなければ福島の方たちへ申し訳がたたないことを実感しました。